東京高等裁判所 昭和28年(行ナ)18号 判決
原告 東京燐寸工業株式会社
被告 特許庁長官
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告は特許庁が同庁昭和二十七年抗告審判第五八五号事件について昭和二十八年六月二十七日になした審決を取消す、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として
(一) 原告は赤色、黄色及び代赭色で三重の横長方形廓を画きその内部に黄色の地に代赭色で彩色した砂漠の図形の中央に相当大きくキリスト降誕の伝説における聖人が十字架をさした荷物を背負う駱駝の手綱を持つて立ち止つている図形を画きその左右両辺に同じく聖人が駱駝に乗つて向う向きに四辺を見廻している図形を配し右聖人及び駱駝の図形は黄色と代赭色で彩色し下辺に代赭色で「THREE TRAVELERS BRAND」とローマ字の大文字を活字体で横書し、又右図形の上部に赤色で「SAFETY MATCH」とローマ字の大文字を活字体で横書し、下部の左片隅には「MADE」右辺隅には「IN JAPAN」と夫々ローマ字の大文字を代赭色で横書して成る商標につき第五十四類燐寸を指定商品として昭和二十五年三月四日特許庁に対し商標登録の出願をし、更に昭和二十六年七月十八日附を以て右商標を出願書添付の商標見本に示す通り着色限定をする旨の訂正書を提出したところ、昭和二十七年四月二十八日拒絶査定を受けたので、同年六月十四日特許庁に対し抗告審判の請求をし、同事件は同庁昭和二十七年抗告審判第五八五号事件として審理された上昭和二十八年六月二十七日に右抗告審判請求は成り立たない旨の審決がなされ、その審決書謄本は同年七月九日原告に送達された。
(二) 而して右審決はその理由に於て右商標の構成として「砂漠の図形を背景として中央に相当大きく土人が駱駝を引いている図形を画きその左右両辺に土人と思しき人物が駱駝に乗つて向う向きに徒行する様な図形を配して云々」と説き、又本件商標からはスリートラブレースブランドの称呼観念の外に隊商即ちキヤラバン(CARAVAN)の称呼観念をも生ずるものであるとし、登録第七一一〇三号商標を引用して同商標はキヤラバンの図形を要部として成るものであるから、同商標からもキヤラバンの称呼観念を生ずるものであつて、従つて之と本件商標とは称呼観念の点に於て共通していると説明し、以て本件商標の登録を許容すべからざるものとしたのである。
然しながら本件商標は冒頭に説明した通り三人の聖人を示したものであつて、キリスト教がわが国に於て仏教以上に普及した現在何人でも之を一見すれば必然クリスマスの祝歌を想起し右図形中の人物がキリスト降誕の伝説にある「三人の聖人」(バイブルマタイ伝第二章第一節乃至第十二節)であることを直感し前記「THREE TRAVELERS BRAND」の文字と相まつて「スリートラブレース」とのみ称呼観念するに至るに対し、審決の引用する登録第七一一〇三号商標は黄色の紙を用い黄色の地に細い輪廓をとり、その中にBEST MATCHなる文字を赤色であらわし、左右黒色の中に黄色の地に草木の葉を配し之を区画する曲線の枠内を上部を赤色、下部を黄色で区分しその枠内に駱駝と土人を画き、土人に赤色の布を着せ、帽子及びその露出部を全部黄の地色で画き、その後部にピラミツドと樹木及び木葉をあらわし、駱駝に荷物を背負わせ、荷物及び駱駝の全体を黄色にし之に黒の蔭影をつけ、鞍掛及び〆紐を赤であらわし、下部の黄地内にMADE IN JAPAN OSAKA KOEKISHAの文字を配して成るものであつて、右図中の人物は一見して土人であることを認識することができ、何人も之を馬子又は馬方と称呼観念し之を本件商標のようにスリートラブレース、三人の博士又は三人の旅行者と観念称呼することは勿論、審決のように「キヤラバン」と称呼観念することもないのであつて、両商標の間には両者を容易に識別し得る差異が存する。然るに審決が両商標の人物が何れも土人であるが故に称呼観念が同じであると判断したのは失当である。
又審決の言うように両商標の人物が共に土人であるとすればその態様に徴し両商標より駱駝追い夫(CAMEL DRIVER)又はキヤメルドライヴアーの称呼観念のみが生ずべきであり、隊商即ち行商人と之に雇傭された土人とを併せたものの称呼観念が生ずるものではないのに、審決が両商標から隊商即ちキヤラバンの称呼観念が生ずるものとしたのは失当である。
仮に両商標が相類似しているとしても、登録第七一一〇三号商標は現に使用されておらず商標法第十四条によりその登録は取消さるべきものであるに対し本件商標は現在盛に使用せられ之を使用した燐寸は国内のみならず海外にも輸出され輸出貿易に多大の貢献をしており、このような場合本件商標の登録は当然認容せらるべきものであるのに、審決が本件登録出願を拒否したのは失当である。
(三) よつて原告は右審決の取消を求める為本訴に及んだ。
と陳述した(立証省略)。
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、
原告の請求原因(一)の事実は本件商標中の人物が原告主張通りキリスト降誕の伝説中の聖人であることを除き、その余を認める。
本件商標の構成は赤色、黄色、代赭色で三重の横長方形廓を画きその中に黄色の地に代赭色で彩色した砂漠を表し、中央に相当大きく土人が駱駝を引いている図形と、その左右両辺に土人と思しき人物が駱駝に乗つて向こう向きに徒行しているような図を描出し(中央駱駝を引く土人と左右駱駝上の土人と思しき人物等は代赭色)、一辺に代赭色で「THREE TRAVELERS BRAND」の文字を「ゴシツク」体で小さく横記し、又図形の上辺に赤色の附記的文字及び下部の左右両隅辺に代赭色で附記的文字を夫々横記して成るものであり、右図形中の人物はみなりは多少整つているようであつても砂漠地帯に居住する民族に属するものとしか判断することができない。而してこのような全体図に於ける人物は古くから一般世人に「キヤラバン」と言われていることが顕著なところであつて、従つて右商標は「キヤラバン」印と称呼及び観念せらるべきことは社会通念上当然であり、審決が右と同旨の判断の下に両商標が類似のものであるとしたのは正当であつて、之に反する原告の主張は社会通念に反する失当のものである。
又隊商即ちキヤラバンの意義が原告主張の通りであることを被告は必ずしも否認しないけれども、キヤラバンとは通常一隊を組んだ旅行者又は商人が砂漠上を徒行する状態にあるものを指称すると共に、この一隊の個々の部分を図に描出した場合にこの部分をもキヤラバンと称することは顕著な事実であつて、登録第七一一〇三号商標の構成もこの隊商の一部分を描出した場合に該当するものであり、従つて審決が之をキヤラバンであるとして本件商標とその称呼観念が同じであるとしたのは正当であつて、原告主張のようにその説く所が矛盾するものではない。
之を要するに本件商標と登録第七一一〇三号商標とは仮にその外観に於て類似していないとしても、前記の通りその称呼及び観念が同一であり、その指定商品に於ても互に抵触し、取引上誤認混同を来す虞があるから本件商標は商標法第二条第一項第九号に該当し、その登録出願は拒否せらるべきものである。
と述べた(立証省略)。
三、理 由
原告の請求原因(一)の事実は本件商標中の人物が原告主張通りキリスト降誕の伝説中の聖人であることを除いて全部被告の認めるところであつて、尚成立に争のない甲第一号証によれば右商標の中央の駱駝は向つて右の方を向いており之を引いている人物と共に図の中央部に最も顕著に表わされてあり、左右の人物は遠景として小さく表わされてあることを認めることができる。
又成立に争のない乙第一号証(甲第二号証に同じ)及び甲第七号証によれば審決の引用する登録第七一一〇三号商標の構成は横長方形廓内に四隅に丸みを持たせて両側の中央辺は内側に夫々彎曲した左右を二重又は三重にした蔓様の輪廓を画き、その中に背景として砂漠の上にピラミツド二基と椰子樹を画き図の中央に向つて右向きになつている荷物を背負つた駱駝をその手綱をとり上半身を正面に向けた一人の人物を右輪廓一杯に顕著にあらわし、右駱駝と人物との間に二行に「MADE」及び「IN JAPAN」、又駱駝の脚下に「OSAKA KOEKISHA」と各記載し又右蔓様の輪廓の左右の彎曲部と外側の廓との間には夫々右輪廓を構成する蔓から出た花及び数枚の葉を附した植物の枝を描き上方両隅の外側の廓と内側の輪廓との中間部にはその向つて左隅に「BEST」なる文字を、同右隅に「MATCH」なる文字を夫々その部分の幅に応じて隅に行く程大きくあらわし、外廓と内側の輪廓との中間部分は地色を黒に「BEST」及び「MATCH」の各文字は赤色、花枝葉は代赭色、内側の輪廓内の図形及び文字は黒色、空、人物の衣服の地、駱駝の鞍、荷物を結んだ紐は赤色、その他は代赭色で夫々彩色したものであつて、旧第五十四類摺附木即ち燐寸を指定商品としたものであることを認めることができ、右認定を動かすに足る証拠は存しない。
よつて両商標が相類似しているか否かにつき審案するに、両商標は共に砂漠を背景として向つて右向きの駱駝及びその手綱を引く人物を顕著にあらわしたものであつて、細部に於て諸多の差異はあるけれども全体として離隔的に観察すれば両者は外観上混同誤認を来す虞れがあり従つて相類似しているものと認めるべきである。又本件商標の中央の駱駝の背負つている荷物に十字架を挿してあることと成立に争のない甲第一号証、第七乃至第九号証を綜合すれば本件商標がキリスト教に因んだものであつて右商標にあらわされた人物は単なる土人ではなくて原告主張通り新約聖書マタイ伝第二章にあるキリスト降誕の伝説中の東方の博士達をあらわしたものであることを認めることができ、本件にあらわれたすべての資料によつても右認定を左右するに足りない。然しながらわが国民の大多数が未だ原告主張のようにキリスト教を信奉するに至つておらず前記キリスト降誕の伝説を知るに至つていないこと当裁判所に顕著なところであるから、本件商標の一般世人に与える観念が右伝説乃至右博士達であつて何人も右商標を一見して之を原告主張のようにスリートラベラーズ(原告のいわゆるスリートラブレース)又は三人の博士、三聖人等と称呼観念するものとは解し難く、証人森茂は燐寸の売買業者ばかりでなく一般需要者も前記甲第一号証(本件商標登録出願書)の本件商標をスリートラベラトと呼んでいる旨証言しているけれども右証言は到底信用し難いところであつて、一般世人としては本件商標を一見すればそれが少くも駱駝による砂漠の旅行者を顕著に示していると観念するものと解するのが実験則に適合しており、他方登録第七一一〇三号商標を一見するに之又少くも主として駱駝による砂漠の旅行者を示したものと解することができる。然らば両商標は共に駱駝による砂漠の旅行者なる観念を与えると言う点に於ても相類似しているものと言わなければならない。
而して成立に争のない甲第十二号証の一及び乙第二号証によれば登録第七一一〇三号商標は大正四年二月十日登録出願がなされ同年三月二十五日に登録せられ昭和十年四月十九日にその存続期間更新の登録がなされたものであることが認められるところ、右商標と本件商標とはその外観が類似し且その観念が同一であるから相類似していること前記の通りであり、且その指定商品が共に同一品たる燐寸(摺附木)であるから、本件商標登録出願の日たる昭和二十五年三月四日当時すでに右登録第七一一〇三号商標の存していた以上本件商標の登録は之を許容すべからざるものと言わなければならない。
原告は登録第七一一〇三号商標は現在使用されておらず商標法第十四条によりその登録は取消さるべきものであり、他面本件商標は現在盛に使用せられわが輸出貿易にも多大の貢献をしているから本件商標は登録せらるべきものであると主張するけれども、商標法第十四条第一号の定める商標不使用の事実ある場合その商標につき同法による登録取消の審判を得た上でなければ之と同一又は類似の商標の登録は許されないものと解すべきところ、登録第七一一〇三号商標につき右不使用による登録の取消がなされたことを認むべき何等の証拠もないから未だ右取消はなされていないものと認むべく、従つて同商標につき仮に原告主張のような不使用の事実があり之に反し本件商標が原告主張のように盛に使用されているとしても本件商標の登録は許さるべきものではなく、原告の右主張は到底之を認容することができない。
然らば本件商標の登録出願を拒否した審決の取消を求める原告の請求は失当であるから民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。
(裁判官 小堀保 原増司 高井常太郎)